山代温泉観光協会

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山代温泉について About Yamashiro Spa

江戸時代の温泉場は、共同浴場を中心として、まちがつくられていました。共同浴場の周りに温泉宿が立ち並び、湯治客は共同浴場に通ったり、ときには自然の中を散策しながら長逗留していました。この共同浴場が「総湯」です。そして、総湯を中心とした周囲の街並みを「湯の曲輪(ゆのがわ)」といい、北陸特有の呼び方となっています。
山代温泉には、同じ地にあっても微妙に違う3つの泉質があります。1300年の昔から人々に知られた多彩な効能も、山代の湯に身体をあずける気分でゆったりおくつろぎください。

山代温泉の歴史

一羽のカラスとの出会いが
1300年の歴史のはじまり

源泉を見守る一羽のカラス。約1300年前の神亀2年(725年)に行基という名の高僧が霊峰白山へ修行に向かう途中、一匹の烏が羽の傷を癒している水たまりを見つけたのが今に受け継がれているという山代温泉。
この故事に登場する烏が、古事記や日本書紀にも出てくる伝説の霊長、三本足のヤタガラスです。 その湧水が温泉だったので人々は「烏の湯」とも呼んで親しんできました。

山代温泉の文化

開湯1300年
文人墨客に愛されたいで湯の里

与謝野晶子、泉鏡花、魯山人をも魅了する山代温泉。
そんな歴史と文化の積み重ねが文化人を魅了する、いで湯の街を育んできました。「山代の いで湯に遊ぶ 楽しさは たとえて言えば 古九谷の青」と詠んだ与謝野鉄幹、「夢もおぼろな山代温泉」と記した泉鏡花、そして、食の世界・陶芸の世界でその名を知られる北大路魯山人の遊び心を刺激せずにはおかなかったのです。

山代温泉の景観

神仏の魂が宿る山代随一のパワースポット

千古の伝統を誇る山代温泉の背後に広がる葛松園の豊かな緑を拝して、2つの寺社が鎮座しています。 湯守寺である 「薬王院温泉寺」、機織の神、天羽鎚雄神(あめのはづちをのかみ)を配る「服部神社」。樹齢二〇〇年以上の巨樹が林立し、紅に染まる秋の紅葉が壮麗な鎮守の森で、神仏の魂が宿る山代随一のパワースポットです。

山背の温泉街を見守る神社群

服部神社

社名の「服部」の語源は、「はとり、機織(はたおり)」の意と伝えられています。拝殿正面までの石段は108段あり、この石段をお百度参りすると子供が授かると言われています。

専光寺

浄土真宗大谷派の寺院。 境内には、お光、幸蔵(久蔵)の恋物語の舞台となった太鼓の堂や蓮如上人の契装掛け、数珠掛けの松といわれる樹齡500年の松の木があります。

薬王院温泉寺

お薬師さんこと「薬王院温泉寺」は、神亀2年(725)、僧行基が白山登山の折に温泉を発見し、薬師如来などを彫って守護としたのが始まりです。朱塗りの山門を入ると閑静な境内には十一面観音菩薩をはじめ、多くの文化財が行んでいます。

栄螺堂(さざえどう)

江戸時代後期の栄螺堂と呼ばれる建築様式の仏堂を模した展望台。山代の町並みを一望でき、白山も眺望できます。

蔦松園ハ十八ヶ所加賀霊場

西国ハ十八箇所めぐりを模した石仏が坂道に沿って順番に並んでいます。どれも表情豊かで、ひととき疲れを忘れさせてくれます。

明覚上人の碑/五輪の塔

明覚上人の供養塔は、国指定重要有形文化財。鎌倉時代の仏塔は、風化による傷みが激しいため覆屋で保護されています。下から方形(地輪)、円形(水輪)、三角形(火輪)、半月形(風輪)、宝珠形(空輪)によって構成され、古代インドにおいて宇宙の構成要素、元素と考えられた五大を象徴しています。

山代の食

おもてなしが隠し味、美味しい「やましろ」をいただく

山代よりほど近い北前船でも有名な橋立港。四季を通じて新鮮な海の幸が水揚げされるので鮮度抜群の魚介を各旅館でいただけます。旅館の板さんが特に腕を振るうのが日本海の目玉・カニ漁が解禁される十一月から、寒さ厳しい冬の季節。加賀・橋立港で揚がるズワイガニなどの地物はもちろん、日本海で獲れた寒ブリ・甘海老・ノドグロなどの冬の味覚が豊富に揃うこの時期が海の幸のベストシーズン。全国の食通たちが冬に北陸へ足を運ぶのはうなずける話です。

「道番屋」そぞろ歩き観光案内

「道番屋」は、山代温泉の様々な案内をするお店です。
目的地への道案内はもちろんのこと、山代温泉の見どころやオススメのお店、美味しい名物品など、やましろ町民ならではの情報を教えてくれます。
「道番屋」の看板がかかっているお店を見つけて、気軽に利用してください。
突然の雨にも雨傘の無料サービスもあります。

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