山代温泉観光協会

日本語「五十音図」
発祥の地、山代温泉。

山代温泉と五十音「アイウエオ」にはとても深い関係があるのです。
温泉寺の初代住職(第三世住職とする説もあります) 明覚上人は、古代インドの言葉を研究する学問、悉曇学の第一人者で五十音(アイウエオ…)の創始者だと言われています。寛治7年(一〇九三)に明覚が書いた『反音作法』の中に現存する最古の五十音図が表されています。
そんな当時の最高レベルの知識人である明覚上人を慕う多くの学僧が、この山代の地、温泉寺に集まり日々修行をしながら学んでいました。

「あいうえお五十音図」の創始者
明覚上人が初代住職の「薬王院温泉寺」

温泉街の中心地、総湯・古総湯のそばにある、薬王院温泉寺は、霊峰白山を祀る白山五院の筆頭寺院とされた古刹で、中興の祖であり明覚上人が七堂伽藍を建立し、勅願寺として盛栄を迎えました。多くの神仏の魂が宿るパワースポットです。
朱塗りの山門、仁王門をくぐり閑静な境内に入ります。寺宝には平安時代初期に彫像された十一面観世音菩薩像や鎌倉時代に彫像された不動明王像などを所有しています。

明覚上人を供養する五輪塔

薬王院温泉寺の境内から背後の山、萬松園へ登る石の階段は「アイウエオの小径」と呼ばれ、石段には、五十音が記された九谷焼の陶板が一枚ずつはめ込まれており、その陶板をたどりながら石段を登ると、常緑機の巨木が立ち並ぶ緑色濃い萬松園の中腹に、明覚上人を供養した五輪塔(国の重要文化財)が見えてきます。
「あいうえおの小径」は緑に囲まれた静かな小径、地元の人や観光客の自然散策路となっています。
明覚上人が眠る鎮守の森へ、あなたも足を運び「五十音図」の歴史を感じてみてはいかがでしょうか。

温泉寺縁起図[市指定文化財]

嘉永5年(1852)小島春晁が描いた縁起図。高僧行基による温泉の発見、花山法皇の勅願を受けて後年に明覚上人による七堂伽藍建立、明智光秀の入湯などの薬王院温泉寺の由来が描かれている。

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